Masuk「さて、アステリオンが帰ってくる前に、お着替えタイムといこうか?」
カシューがまたベルを鳴らすと、リア達メイド部隊が部屋にやって来た。うわぁと露骨に嫌な顔をするカリナを尻目に、その場に簡易用の着替えスペースをカーテンを広げて作ると、そこに嫌がるカリナを連れ込んだ。
「またかよー!」
「さあさあ、今回の新作ですよー」
ぽいぽいと脱がされ、新しい衣装を着せられた。赤いフード付きのロングコートに下は水色のチュニック、白いヒラヒラの膝上までのスカート。水色のニーハイソックスにピンクのブーツである。
「では次回も楽しみにして下さいねー」
へろへろになって更衣スペースから出て来るのと同時に、メイド隊は帰っていった。
「ここに来る度にこれが待っているんじゃないだろうな?」
「あはは、今回のもよく似合ってるよ。彼女達も創作意欲が湧いて楽しんでるんじゃないかな?」
「私は着せ替え人形じゃないんだぞ」
ぶつぶつと文句を垂れながら、部屋に用意してあった姿見で自分の姿を見る。至る所にリボンがあしらわれていてまるで魔法少女である。まあ似合わないこともないかとカリナは思った。メイド達が楽しそうならそれはそれでいいのかもしれないと思い直すことにした。
「どう? 気に入ったんじゃないの?」
「まあ、自分でこんなのを選んだりはしないから新鮮ではあるかもな。それにメイド達がこれで楽しみができているのなら、そこまで邪険にすることもないだろうとは思ってる」
「人間ができてるねえ」
「いや、そこまでの結論にはならんやろ」
二人で会話をしていると、隣の部屋からエクリアが入って来た。いつもながら見た目だけは完璧な美人である。
「よお、来てたのか。こっちは東の地の魔物掃討が大方終わったところだぜ、ってまた可愛らしい衣装を着せられたもんだなー」
「うるさいぞ。こいつとメイドの趣味に付き合ってやってるだけだからな。自発的に要求してないから」
「まあまあ、似合ってるんだからいいじゃんか。俺が着たら身長のせいもあってかなり痛々しいからな。可愛い衣装が着れるってのはそう考えるといいものだと思うぜ」
エクリアの身長は170以上ある。今のカリナが150㎝程度なので、並ぶと身長差が相当大きい。
「さすが根っからのネカマは言うことが違う。だったらキャラメイクのときにもっと小柄にすれば良かっただろうに」
「うーん、やっぱ高身長で大人な女性に憧れるじゃん。だからこうなったんだよ。でも小さい女の子も悪くないな……」
「犯罪者臭いよ、今の発言」
カシューがツッコミを入れる。昔ながらの友人PCと過ごす時間は感覚を現実に戻してくれる貴重な時間である。今のこの閉じ込められたゲーム世界では、現実にいた頃の話を彼ら以外とすることはできない。NPCはこの世界の住人であり。この世界を現実として生きている。それに最早NPCというよりそれぞれの人生を生きる独立した存在なのである。
彼らと話をして過ごすことも大事な時間ではあるが、カリナ達にとってはリアルの友人として過ごすことができる、この関係が心地良いものであった。
「で、明日から聖光国に向かうんだって?」
「ああ、サティアの痕跡があるかもしれないからな。結構な長旅になるとは思うけど」
「電車でもあればねぇ、気楽に旅ができるんだけど。さすがにそこまでの技術的発展は望めないよね」
「カシューが作ればいいんじゃないか?」
「そうだな、戦車とかいう名のついた妙な自動車は作った訳だし」
カリナとエクリアがそう言ってカシューを見た。
「うーん、この国の影響下にある地域一帯になら不可能じゃないかもしれないけど、さすがに大陸全土に線路を引くのは難しいよ。一応近場の街までの電車を作る計画はあるんだけどね。今は職人達の努力次第ってとこかな」
「すごいな、冗談で言ったのに。もうそこまで計画が練られていたとは……」
「俺も職人達が何かしらの計画を話してるのを耳にしたことはあるけど、まさか本当に実行に移っていたなんてなあ」
「まあね、でも他国にまで鉄道を繋げるのは大変だよ。その国との利害関係とかもあるし、あんまり現実的じゃないんだよねぇ……大陸全土を繋げるとなると人手も足りないからね」
カシューの頭の中には既にその構想があるのだろう。恐らく他国との交渉も始めているのだろうと二人は思った。
そうして話をしていると、ドアがノックされ、アステリオンが戻って来た。手には小型のイヤホンの様な物が乗せられている。
「完成しました。小さく削った魔法石を触媒にして、使用者の魔力を消費することで遠隔通信が可能になります」
その二つのイヤホンを受け取り、カシューは一つを自分の左耳に着けた。
「よくやったアステリオン。これで遠征中のカリナと連絡手段が確保できる。行方不明の幹部の探索に大いに役立つ」
「いえ、上手くいって良かったです。それでは何か不具合が発生したらいつでも言いつけ下さい。失礼致します」
一礼するとアステリオンは退室して行った。
「良い部下を持ったものだな」
「そうだな、あいつは優秀だぜ。うちのレミリアももうちょい実力が付けばいいんだけどなー」
頭の後ろで手を組んで、エクリアがそんなことを言った。
「そうか? 以前一緒に討伐に行ったけど、充分な戦力だったと思うぞ」
先日西に悪魔と魔物の討伐に行ったことを思い出して、カリナはそう言った。
「まあ、及第点だな。もうちょい、何て言うのかなあ、破滅的な大魔法が使えるようになってくれたらなぁ」
それでは災害級のエクリアが二人に増えるだけじゃないかとカリナは思ったが、口には出さないでおいた。
「さて、盛り上がってるところ悪いけど、カリナ、これを左耳に着けてみてくれるかい? フックを引っかけるとしっかり固定されるから」
手渡されたイヤホンを左耳に装着する。
「魔力を通して何か喋ってみてくれるかい? マイクの役割も兼ねてるから、小さな声でも聞こえるはずだよ」
「ああ、やってみよう」
魔力を左耳に集中させる。そして「もしもし」と小声で呟くと、それがカシューのイヤホンに伝わった。
「もしもし、だね」
「おお、かなりの小声で言ったのにちゃんと聞こえるんだな」
「うん、感度もバッチリだね。これで僕から通信するときは僕が魔力を込めるだけで済む。常に会話が筒抜けになる訳じゃないから、必要な時だけ通信してくれればいいよ」
それをソファーで見ていたエクリアは「ほー」と声を出した。
「すごいな、カリナが喋ったのは俺には聞こえなかったってのに。でもこれなら何処に行っても連絡が可能になるだろうな」
「うーん、だといいんだけどね。天候や高度などによっては通信が乱れる可能性もないとは限らないから。でもまあこれで何かあった時はいつでも連絡が可能になるよ」
ふふん、と胸を張るカシュー。友人ながらいつもその探求心には驚かされる。今回も遠隔通信機をこの中世ファンタジー世界に作ってしまった。心強い友がいることを嬉しく思う。
「まあ、何にせよこれで何かに行き詰まった時にはカシューの知恵が借りられるということだな。大事に使わせて貰う」
「あはは、他国の動向を知るのも王の役目だからね。カリナには体のいいスパイになってもらえると助かるよ」
「あーあ、本音はそれか。全く、余計な一言が玉に瑕だな」
エクリアがやれやれと溜め息を吐いた。カリナも感心した自分の感情を返して欲しいと感じていた。
「いやいや、変な意味はないからね。また悪魔の襲来があるかもしれない現状、他国の情報を知っておくに越したことはないってことだよ?」
「まあ、そういうことにしておく。とりあえず、聖光国に着いたら連絡は入れるようにするよ」
「そうだね、よろしく頼むよ。さて、もう夜だし夕飯にでもするかい?」
「いや、今日はルナフレアに夕飯には戻ると伝えてあるから遠慮しとくよ。また明日出発前にな。お休み」
小型通信機が完成したところで、この会はお開きとなった。カリナはルナフレアの夕食を楽しみに自室へと帰って行った。
◆◆◆ カードキーで自室の扉を開ける。この技術もこの世界では最先端のものだろう。カシューは本当にこういうものを発明するのが上手いのだなと、カリナは感心した。実際に作成しているのは職人達なのだろうが、実現性がなければ創ることはできない。改めてエデンの科学力に感嘆せざるを得ないとカリナは思った。自室の中に入ってルナフレアに「ただいま」と声をかけると、奥からルナフレアがパタパタと走って来て出迎えてくれた。
「お帰りなさいませ、カリナ様。陛下に夕食に誘われたのではありませんか?」
「ああ、でも今日は君との約束があるからと断って来たよ。もう準備はできてるのか?」
「もう少しで完成です。ですが、その前にカリナ様と入浴をしなければいけませんから。って、あら、また新しい衣装ですか?」
「また一緒に入るのか? まあいいけど、これか? リア達メイド隊の新作だとさ。あそこに行く度にフリフリの衣装が増えていくんだよな」
「よく似合っていますよ。さすがリアさん達、やりますね。私も何か新しく作ってみようかしら?」
「無理はしなくていいよ。私の世話をしてくれているだけで十分だからね。さて、じゃあ風呂に入ってこようかな」
浴場に向かうカリナをルナフレアが追いかける。そしてカリナの衣装をてきぱきと脱がしてから、綺麗に折り畳み、カリナが今日着ていた衣装を受け取ると、それを洗濯籠に入れた。
「いつも済まないな」
「いいえ、これが私のお勤めですから。カリナ様にお仕えできて幸せですよ」
素直にそんなことを言われると照れてしまう。そんな顔を見られないようにして、全裸になったカリナは浴場へと入って行った。メイド服を脱いだルナフレアもカリナを洗うために後を追った。
「なあ、毎回一緒に風呂に入るのか?」
「嫌ですか?」
「いや、そういう訳じゃないんだけど……」
「今は女の子なのですから、気になさらないで下さい。それにカリナ様をお綺麗にして差し上げることができるので、お風呂は私にとっては幸せな時間なのですよ」
そこまで言われては仕方がない。それに今は自分も女性である。変な気を起こすことなどまずない。そう考えると、ルナフレアの幸せを優先してあげることの方が大切なように思えた。
長い髪の毛とくせ毛のツインテールを丁寧に洗い、スポンジで全身も隈なく磨いてくれるルナフレアの嬉しそうな顔を見ると、もう断ることはできないだろうなとカリナは思うのだった。
のんびりと二人で湯船に浸かる。一日の疲れが癒されていくような心地よさを感じた。
◆◆◆ 「今日は明日からのエネルギーにして頂くために肉料理を多めにしておきました。たくさん食べて下さいね」「おお、美味そうだな」
ルナフレアの心遣いが身に染みる。上品な味付けで作られた料理を楽しみながら、カシューと話したことや今日の出来事について会話する。何気ないひと時だが、それが二人にはとても美しいものに感じられた。
もし結婚とかしたら毎日がこんな感じなのだろうか? まだそんな経験のないカリナはそんなことを思ったが、ルナフレアは側付きであってそのように見てはいけない存在である。だがルナフレアにとっては、妖精の加護を与えた伴侶のような存在がカリナなのである。
妖精は老いることなく悠久の時を生きる。今の関係はカリナがPCで、歳老いることがないからこそ成り立つものであろう。今のこの世界が続く限りはこの幸せを大切にしていこうとカリナは考えることにした。
夕食後、リラックスして過ごしてから就寝する時間になると、ルナフレアがまたカリナの寝室にやって来た。カリナは何も言わず彼女をベッドに招き、一緒に横になって天井を見上げた。
「明日からまた独りになってしまいます」
その言葉に、長い間孤独にさせてしまった自分の胸が苦しくなる。
「大丈夫だよ。ちゃんと帰って来るから。もう君を独りぼっちには絶対にしないから」
「はい、信じています……」
二人は手を繋いで目を閉じた。明日はいよいよ聖光国に向けて出発である。それまでは彼女の思いに応えようと思うカリナだった。
疲労で仰向けに倒れ込んだカリナは、まだ明るい空を見上げていた。VAOがゲームのときは、その中でいくら身体を動かしても、実際には現実の身体を動かしてはいない。そのため、長時間のプレイで精神的に疲れることがあっても肉体に疲労感を感じることなどなかった。しかし、今のこの世界は現実世界と何ら変わりない。身体に感じる疲労感がそのことを物語っていた。「長時間の戦闘には気を付けないといけないな……」 危険な攻撃を躱す瞬間に擦り減る神経。接触した際に響く衝撃。敵を斬り裂き、殴り飛ばす時に感じるリアルな感触。どれもが僅かだが、少しずつ疲労を蓄積させる。ゲーム内でのステータスは今は見えないが、これまでに鍛え抜いた力があるだけに、現実世界で急激な運動をしたとき程の負担がある訳ではないが、ある程度の自分の限界は見定めておくべきだと思うのだった。 深呼吸をしてから、ゆっくりと立ち上がる。身に纏っていた聖衣が解除され、ペガサスの姿に戻る。同時に二対の黄金の剣に姿を変えていた蟹のプレセペも元の姿に戻った。「ご苦労だったなお前達、また力を貸してくれ」 ペガサスの頭と巨大な蟹の甲羅の背中を撫でる。「所詮は伯爵レベルよな。我の力があれば主も余裕であっただろう。では次の機会を楽しみにしているぞ」 大口を叩く巨蟹のプレセペ。二体の召喚獣は光の粒子に包まれて消えていった。その光が空へ向けて霧散していくのを見守っていると、魔物の討伐を終えたワルキューレの姉妹達が、カリナの下へ集結して来た。「主様、討伐完了致しました。目に着いた怪我人も我々が治療しておきました。燃えていた建物も、ミストの水魔法で消火済みです」 その場に跪いたヒルダが報告する。「そうか、よくやってくれた。感謝する。ありがとう。お前達の御陰で被害は少なくて済んだみたいだな」「私達を即座に現場に送り込んだ主様の判断の御陰ですよ。私達はただ任務を熟したに過ぎません」 黒髪のロングヘアが美しいカーラが答える。「それに私達にはそれぞれ得意な属性があります。それを上手く分担したまでですよ」 金髪のエイルが胸を張った。 ワルキューレまたはヴァルキュリャ、ヴァルキリー「戦死者を選ぶもの」の意は、北欧神話で戦場で生きる者と死ぬ者を定める女性、及びその軍団のことである。 北欧神話において、ワルキューレは多数存在
悪魔が炎によって燃え尽きたのを見届けると、カリナはカシューに連絡を取った。「聞こえていたか、カシュー?」「うん、どうやら色々と考察する余地がありそうだね」 イヤホンの向こうから、真剣なカシューの声が聞こえる。「先ずは奴の言っていたことが気にかかる。近くの街はチェスターだ。情報通りならそこに悪魔が向かっていることになる。私は急いで戻る。そっちからも援軍を出してくれないか?」「わかった、戦車部隊に戦力を乗せて全速力で向かわせるよ。それなりの距離だから間に合うか微妙だけどね」「頼んだ。とりあえず一旦切るぞ」「了解、また何かあればよろしく」 カシューの返答を聞いてから、左耳のイヤホンに注いでいた魔力を切った。急いで街に戻らなければならない。意識を切り替えて、真眼と魔眼の効果を解除した。聖衣が身体から外れて、黄金の獅子のカイザーの姿へと戻る。「お見事でした、我が主よ」「いや、お前の力がなければ危なかったよ。ありがとう、また呼んだときは頼んだぞ。ゆっくり休んでくれ」 光の粒子になってカイザーは消えていった。そして湖の中から自動回復した黒騎士達が戻って来た。ヤコフの両親を運ぶのはこの騎士達に任せるとするかと考えていたとき、背後からシルバーウイングの面々が押しかけて来た。「やったな、まさか本当に悪魔を斃してしまうとは」「ああ、すげーぜ! こっちまで興奮してきた」 アベルとロックは単独で悪魔を撃破した少女に称賛の言葉を贈る。「ええ、召喚術ってすごいのね。しかもあの召喚獣を身に纏う戦い方なんて初めて目にしたわ」「しかも結局格闘術だけで押し切ってしまいましたね。魔法剣を使うまでもなかったということでしょうか?」 エリアとセリナも興奮が抑えきれないのか、矢継ぎ早に話しかけて来る。「あれは聖衣という召喚獣の力をその身に纏う鉄壁の鎧だ。あらゆる能力が著しく向上する私の奥の手だよ。召喚獣との信頼関係がないと身に纏うことはできないけどな」 剣を使わなかったのは、格闘術だけでどこまでやれるかという実験でもあった。生身の拳では致命傷は与えられなかったが、それなりに戦えることがわかっただけでも、カリナにとっては大きな収穫になった。「そうだ、ヤコフの両親の容態はどうなってる?」「出来る限りの治療はしたから一命は取り留めたわ。でもまだ意識
カリナの格闘術の一撃で怯んだ悪魔侯爵イペス・ヘッジナだったが、すぐさま体勢を立て直し、身体から黒い炎を撒き散らしながらカリナへと突進して来た。「おのれ、小娘がっ!」 振るった大鎌が空を斬る。カリナは大振りな悪魔の攻撃に意識を集中させ、瞬歩で即座に距離を取る。そこに生まれた一瞬の隙の間に懐に飛び込み、右拳での一撃をどてっ腹の中心部に撃ち込んだ。格闘術、烈衝拳。土属性の魔力を纏った、まるで鋼鉄の様に硬化された拳の一撃。悪魔の赤黒い鎧に僅かに亀裂が走る。 カリナは召喚術が実装されるまでは基本的に剣術と格闘術を中心に熟練度を上げていた。そこへ剣技の威力を上げるために魔法を習得した。魔法剣の習得は魔力の底上げとなった。それの副次効果で、魔力を帯びた特殊な格闘術の技能も全般的に威力を向上させることに成功したのである。「がはっ、何だ……? この威力は?!」「だから言っただろう。小突いただけだとな」「小癪なっ!」 力任せの大振りの鎌を瞬歩を使用して紙一重で躱す。そのまま一気に巨体の股の下を潜り抜けて後ろを取ると、背後から風の魔力を纏った左脚での回し蹴りを見舞った。格闘術、烈風脚。悪魔の背にある翼の付け根に繰り出した蹴りが撃ち込まれる。「がああっ!」 竜巻の如き強烈な蹴りに悪魔は仰け反るが、すぐさま持ち直し、黒炎を撒き散らしながら突進して来る。 イペスの攻撃は大振りで読み易いということを既にカリナは見抜いている。しかし、それでもその巨体から繰り出される攻撃は異常な破壊力を秘めており、一撃でもまともに喰らえばかなりのダメージを負うだろう。最悪骨の数本は持っていかれる。一撃も貰うわけにはいかない。スレスレで回避する度に神経が擦り減っていく。「があああっ!」 上段から大鎌を振り被った渾身の一撃を敢えて前方に踏み込み、懐に入るようにして躱す。そのまま空振りをした硬直状態の悪魔の身体を駆け上がり、眼前で左拳を振り被る。「格闘術、紅蓮爆炎拳!」 ドゴオオオオオオッ!!! 炎の魔力を纏った高熱の拳が炸裂すると同時に頭全体を巻き込んで爆発した。衝撃で痺れる拳の代わりに、悪魔は後方へと後退る。「ぐはあああああっ!」 それでもまだこの悪魔侯爵は倒れない。やはり高位の悪魔だけあって相当に打たれ強く頑強であ
「あ、戻って来た。カリナちゃーん!」 死者の間の祭壇から帰還して来るカリナを見つけたエリアは、カリナの方へ向かって手を振った。「もう用事は済んだのか?」 ロックは口に何かを入れた状態で、手にはサンドイッチが乗せられている。「ああ、一応な。ってなんだ、食事中だったのか」 持ち込んだ食材をセリナとアベルが料理している。それをヤコフを含めた他の面々が食べているところだった。エリアもアイテムボックスから次の食材を取り出しているところだった。NPCであっても冒険者はアイテムボックスを使うことができるのかということをカリナは初めて知った。 確かにこの迷宮に挑むとき、彼らは大した荷物を持っていなかった。それはこういうことだったのかとカリナは得心した。「食事は簡単なものだが、一応拘ってやっているんだ。冒険中には腹が空くこともある。食べるってのは活力を回復させるのには一番だからな」「そういうこと。まあそんなに手の込んだ料理は作れないけどね」 アベルとセリナは起こした火の上で薄い肉や野菜を焼いて、それをパンに挟んでいる。最初にロックが手にしていたのはこれだったのかとカリナは知った。そう言えば、もう迷宮に入ってそれなりの時間が経つ。昼を回っている頃だ。カリナは自分も多少小腹が空いていることに気付かされた。「ほら、カリナ嬢ちゃんも食べな。飲み物はお茶を沸かしてある」「そうだな、お前達が食べているのを見ていたら小腹が空いて来た。じゃあ頂こうかな」 アベルからサンドイッチとお茶を受け取り、地べたに座り込む。簡単な食事だが、活力が湧いて来るのを感じる。現実の冒険であれば当然のことだが、途中で補給を行う必要がある。VAOがゲームのときにはなかった現実的な問題である。これも世界が変わった影響で、今後もこういった発見があると思うと、カリナは内心ワクワク感が湧き上がって来るのを感じた。「ヤコフ、ちゃんと食べているか?」「うん、さっき貰ったから食べたよ。美味しかった」「そうか、良かったな」 魔物をヒルダが一掃したので、辺りにはもう何の気配もない。時間が経てばリポップすることになるのだろうが、暫くは問題ないだろう。渡されたカップに注がれたお茶を啜りながらカリナはそう思った。 食事を終え、少し休憩した後、一同は地底湖のある階層に進むことに決めた。普段は何も出現しない、鍾乳洞
迷宮の扉を開けて中へと入ると、地下へと続く広い通路に階段がある。そこを降って行くと迷路の様に広がる巨大な階層へと到達した。 VAOの頃からこの迷宮は地下7層まである。その下には地底湖が広がっていて調度良い休憩場所にもなっていた。そして7層にある死者の間には巨大な鏡があり、そこでは死者に会えるという設定があった。ゲームの頃にはただの設定だったが、今や現実となったこの世界では、本当に死者に会えるのかも知れない。カリナの目的の一つは、その鏡の前で過去に死に別れたある女性との再会が可能かどうかを確かめることだった。 一行が迷宮を進んで行くと、前方から魔物の気配が近づいて来た。「おいでなすったぜ、死者の迷宮の定番。グールにスケルトンだ」 ロックがそう言って二刀のナイフを抜く。他のメンバーも戦闘の準備に入り、襲い来る魔物達をなぎ倒していくのだが、カリナは後方でヤコフの側に白騎士を待機させて眺めていた。「張り切っているなあ。このままでは私の出番はないかもしれない」「カリナお姉ちゃんも戦いに参加したいの?」「うーん、あのぐじゅぐじゅしたアンデッドに関わりたくはないのが本音かな……。できれば触りたくない、臭い」 現実となった世界では、この死者の迷宮内部の腐臭は酷いものだった。鼻がひん曲がりそうである。アンデッドが湧き続ける限り、この悪臭が続くのかと思うと、気が遠くなりそうになった。それにこのまま素直に正攻法で攻略していては時間がかなりかかりそうである。ヤコフの両親の安否も気になるため、カリナは一気にこの迷宮の魔物を掃除することに決めた。 その場で両手を広げ、魔法陣を展開させて詠唱の祝詞を唱える。「遥かヴァルハラへと繋がる道を護る者よ、炎を纏う戦乙女よ、その姿を現せ!」 重ねた魔法陣が地面へと移動し、そこから白いロングスカートに全身鎧を身に纏った戦乙女、ワルキューレが姿を現した。「お久し振りでございます、主様。ワルキューレ、ヒルダ。ここに参上致しました」 戦闘を終えて戻って来たシルバーウイングの面々も初めて見る召喚魔法とその召喚体の美しさに目を奪われている。「ああ、久し振りだな。どうやら長い時間お前達を放置してしまったみたいだ。申し訳ない。いつの間にか時が流れていたみたいでな」「いえ、こうしてまた呼んで頂き光栄でございます。さて、此度の御用は如何なもの
宿の女将さんに教えてもらった防具屋に着く。まだそれなりに早い時間帯だが、その店は既に営業を開始していた。入り口の扉に「OPEN」と書かれた札が掛けられている。カリナがヤコフを連れて店に入ると、店の店主が声を掛けて来た。「おや、いらっしゃい。こいつは可愛らしいお客さんだ。もしかして冒険者なのかい?」 店主はどうやらドワーフのようで、恰幅の良い体格、言い換えればずんぐりとした小柄の体格に顔には立派な髭を蓄えていた。手先が器用な種族で鍛冶や生産などにその能力を発揮する。ゲームプレイヤーなら誰もがある程度は知っている知識である。 その店主は、まだ幼さが残る少女が小さな子供を連れて来たので驚いたのだろう。「おはよう。店主、済まないがこの子に合う防具を見繕ってくれないだろうか?」「まあ、客の要望だから応えさせてもらうが……。こんな子供を冒険にでも連れ出すつもりなのかい?」「少々訳ありでな。この子のことは私が守る約束だが、万が一に備えてね。どうかな?」「ふむ、客の事情には深入りはせん主義だ。子供でも着れる軽い装備を準備しよう」「話が早くて助かるよ」 店主はヤコフの身体をごつい手で掴み、素早く寸法を測り終えると、身体に合うサイズの軽いレザーアーマーを着せてくれた。頭にもなめし皮で作られた頑丈な皮の帽子の様な兜を被せた。さすがドワーフだけあって、皮の製品であっても硬く、防御性能は高そうである。この装備に依存する展開が来ないことが一番だが、念には念を入れてのことである。「これでどうだ? ウチでは一番小さいサイズだが、かなり硬くなめした皮で作っているから、多少の攻撃ではびくともしないはずだ」 鎧と帽子を身に付けたヤコフが鏡の前で自分の姿を見て確かめている。「すごいね、これ。硬いのに軽いから着ていても全然苦しくないよ」「そうか、ならそれにしよう。店主、値段は幾らだろうか?」「そうだな、本当は二つ合わせて8,000セリンだが、サイズが合う人間がいなくてな。もう売れないと思っていたから5,000に負けておくよ。それでどうだ?」「わかった、それで十分だよ。ありがとう」 カリナが代金を払うと、店主から「まいどあり」という言葉が返って来た。こういう店での定番のやり取りである。「良い買い物ができた。また機会があれば寄らせてもらうよ」「おう、気を付けて行ってきな」







